コンクリートの壁
携帯が鳴る音
束の間の浅い眠りから
目が醒めた
深く息を吸う
……まだ、生きている。
今日も 夢か現実か判らない
この世界で
私は『コレ』を糧に
生きている。
Blue Dahlia
どうだったかね 板ではなく実物を撃つというのは
気持ちの上で その区別は致しておりません
――区別していたら、自分が殺(と)られていたから――。
深夜の、地下射撃室。
ヴィンセントは独り、壁にもたれて、座り込んでいる。
両手は力なく床に付き、両足は無造作に伸びきっている。
……プレジデントの賛辞、満足そうな笑顔。
それが、思考を精一杯凍結させていた彼の努力を撃ち砕いていた。
社長室を出て、分厚い扉を閉めた瞬間、全身の力が抜けそうになった。
震えが停まらない。激しい動悸。息が途切れる。
壁に手をやりながら、何とかエレベータに辿り着き、夢中で地下二階のボタンを押していた。
得体の知れない寒気を覚えつつも、身体の芯はひどく熱い。
鼻先に掛かっていた前髪をかき払おうとして伸びた指。鼻腔を刺激する、硝煙の臭い。
心に漂ってくる、数時間前の、記憶。
頭を激しく振る。狂ったように、両手をエレベータの壁にこすりつける。
手のひらの感覚がなくなるのも、小さな箱が揺れるのも構わずに――。
十数秒という長い長い時間が過ぎた後、ようやく扉が開いた。彼を迎えるのは、暗闇。
つんのめるようにして、歩んでいく。乱暴に、射撃室の指紋認証装置に手を載せる。
ブザーがなり、完全密閉のエアロックシステムが解除される。
まだ開ききっていないドアの隙間をすり抜けて、そのまま左方へと身体を傾けた。
いくつものうるさい足音。倒れる。大きな音が静寂をぶち壊し、その後に、不規則な呼吸の音が空間に満ちていく。
閉まるドアの音は、完全にかき消されていた。
「……」
息を整えることができない。苦しくて、胸と頭が割れそうに痛む。それでも何とか上体を起こす。
手探りで左の壁を探り当て、勢いも何も考えずに寄りかかった。
後頭部を打ち付ける。だが、その痛みが、身体の芯からの嫌な痛みを僅かばかりでも遮断してくれた。
心地よかった。
無理やりに深呼吸を始める。このままでは窒息してしまいそうで、死んでしまいそうで……。
だが。
気道に入ってきたのは、むせ返るほどの血の臭い。
ジッパーやボタンを引きちぎらない理性だけは留めていた。
震えが止まずにもつれるままの指が手が、背広を、ベストを、ネクタイを遠くへと投げ捨てた。
シャツのボタンを外していく。四つ目を外しかけて……停まる。
(無意味だ……)

今まで服の中に埋もれていた胸の皮膚が外気にさらされる。その冷たさが、ふと、彼に思考を呼び戻した。
(服脱いだって……無理だ。もう血は染み込んでる……刻まれてる)
オレノキオクノナカニ
オレノココロノ オクフカクニ
「――――! !」
叫んだ。
訳も判らず、ヴィンセントは叫んでいた。コンクリートの室内に響き渡る。
あたかも、銃声の如くに。
ひとを殺した
星に還してしまった
未来を奪ってしまった……
もう戻れない
もう俺は真っ当なニンゲンじゃない

死神――
頭の中が真っ白になる。何もかもがはじけ飛ぶ。呼吸も、脈動も。
自我さえも。
薄れていく意識の中、彼は、自分が大笑いしている声を確かに耳にした。
――星よ 神よ
――ぼくは どうなっても構いません
――星に還るという恩恵を 享けません
――だからどうか
――誰にも負けない強い力を下さい
――大切なひとたちを護るために
悪しきを裁いた 混沌の殉教者の加護を――
――コンクリートの壁に触れる背中。
携帯が鳴る音。
瞼を開いても、光景は、ついさっきまでと何一つ変わらぬ闇。
目が腫れている。頬が引きつっているのを自覚する。
我知らず、茫漠たる涙を流していたのだろう。
視線を、左に向ける。
背広の内ポケットから飛び出してしまったのだろう携帯電話の、小さな光の明滅が、遠くでやけに眩しく瞬いている。
束の間の浅い眠りから目が醒めたらしい。
深く息を吸う。今度はゆっくりと、落ち着いて、空気を肺に満たせる。
……まだ、生きている。
生きていたのか……。
このまま狂って死んでしまえば、ラクだったのに。
冷静さを取り戻した瞳で虚空を見つめ、ヴィンセントは笑みを浮かべた。
それはできない。
してはならない。
ぼくはぼくのために生きているんじゃない。
たとえ、おぞましい記憶を……二十五人分の重さを、間違いなくもっと増えるだろう生命の重さを、
これからずっと自分のなかに永遠にため続けなければいけないとしても、必要とされる限り生きなきゃいけないんだ。
でなきゃ……あの人たちが殺される。
仕方ない。
仕方ないんだ。
仕方が、ない……。
右のサイ・ホルスターに入れていたクイックシルバーを抜き放ち、一連の動作が流れるままに手を伸ばして、無造作に引き金を引いた。
ワイヤーの切れる甲高い音。
一瞬の間を置いて、天井から吊り下げられていた可動標的板の一つが、床に落ちて激しく跳ねた。ひどく、やかましく。
さっきまではあんなにイヤだった硝煙。今は、その香りを胸いっぱいに吸い込む。
一度できたんだ。
だからもう、認めよう。
ぼくには人殺しの才能がある。
ぼくにはこれしかできない。
これでしか、生きていけない。
生きる……?
違う!
もう、ぼくは死んでいる。
ぼくはあの夜に死んだ。
今ここにいるのは……ヨシュアじゃない。
銃器(コレ)を糧に、夢(ウソ)みたいな現実に生かされてる、最低の人形……。
星に還ることなく消滅するその日まで、ひとの生命を喰っていく死神――――
立ち上がった。至極速く、毅然と。
今までの淀んだ刹那を、微塵も纏いたくないとばかりに。
部屋の端にまで放り投げていた背広とベストを拾いに向かう。何一つ、音は立たなかった。冷たい、静寂。
衣服を手に取り、最後に、携帯電話を拾い上げた。先程の着信を調べようとして、自然に、ボタンを押した。
バックライトが灯った画面に浮かび上がったのは――『社長』。
しばらくじっと、画面を見つめていたが、やがてシャツの胸ポケットにそれを収めた。
彼は、射撃室を後にした。
電話が落ちていた場所(ゆか)に、ただ一粒の雫だけを置き去りにして。
Fin
illustration/emono haouin
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黒逸三葉 様のサイトで3333キリ番を取り 当教会地下室のタークスヴィンセントをイメージしたダーク系な小説をリクエストして頂いた作品です。
現実味のあるリアルな表現と細かい描写にヴィンセントの弱い部分と強い部分、抱く葛藤や息苦しさをも感じました。
動きや仕種等を言葉で文字で全て伝えるのはとても難しい事(非現実的な世界ならばなおさら)だと思うのですが ソレをやってのけるみわさんを尊敬しています*
本当に素晴らしい作品を有難うございました(愛)
さらにこの設定でシリーズ化されておりますので
ダークなタ−クスヴィンセントに興味がお有りの方は当教会の螺旋階段(リンク)から路が続いておりますので訪ねましょう*
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